江戸時代の金魚ブーム
江戸時代前期の金魚は、富豪や大名などの一部の特権階級の高価な贅沢品の一つでした。「西鶴置土産」(井原西鶴著)の中で「大名の若子が金子五~七両にて金魚を買い求め…」との記述があり、相当の高価なものであったようです。
しかし、江戸時代中期以降、太平の世が訪れ、江戸文化が花開き町に活気が出て来ると、仕事にあふれた武士たちが副業として数も少なく高価であった金魚の養殖を始めたと考えられています。というのも、金魚を愛玩魚として飼っていた大名などが、率先して金魚の養殖を奨励し、家来に命じていたからです。
また、ちょうどオランダ等からガラス(ギアマン)製造技術が輸入され、ビードロ等の吹きガラスが流行し、それが金魚鉢として利用されるようになると、当時のマスコミである浮世絵・浮世草子・川柳等で金魚がたくさん登場しはじめ、江戸の町に一大金魚ブームが沸き起こりました。
このように、養殖技術が確立して生産が可能になり、飼育するための器である金魚鉢が普及し、マスコミが大いに金魚を取り上げた影響で金魚文化が一気に花開いたのです。
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